キャッシュレスは庶民の味方か?

キャッシュレスについて語る前に現金万能主義が果たして我々にとって良いのか悪いのかを吟味する必要があります。

現在の金融事情では財政の事情から超低金利政策が、国と日銀の一体化のもと、長年にわたり続けられています。現金信仰は金利が安すぎることから生じた社会現象の一つでもあります。
銀行の貸し金庫の中に多額の現金をしまい込んでいたと云う笑い話のような話を聞いたことがあります。

ここで、考えなくてはいけない、現金についての弊害を知っておく必要があります。
二つの弊害をあげておきましょう。

一つは「すべての取引が匿名である社会は、マネーと権力を持つ者が罰せられることなく行動できる社会だ。腐敗を積極的に援助する社会なのだ」と云う指摘です。

もう一つは「高額紙幣は多くのOECD加盟国で通貨の半数以上を占めている。その用途は主に隠匿、退蔵、輸出だ。欧州委員会はすでに、現金(具体的には500ユーロ紙幣)とテロとの関係を指摘している。だが、現金はただテロだけでなく、ありとあらゆる類の犯罪行為に最適だ。麻薬の密売であれ、政治家への賄賂であれ、脱税であれ、現金は犯罪を簡単かつコスト効率の良い活動にしてしまう」との指摘もあるのです。

キャッシュレスで取引の匿名性を侵害される恐れと、多額のアングラマネーがもたらす社会的コストを天秤にかけた場合、どちらがデメリットが大きいかを冷静に考えてみなくてはならないのです。

キャッシュレス先進国の中国と、遅れているインドとの比較を参考にしていただきたいのです。

中国には非常に活発なモバイル市場があります。2015年、中国の小売支払い件数の3分の2が非現金だ。2016年、アリベイは1.7兆ドル、ウイーチャットは1.2兆ドル、それだけでもモバイル支払いは年間3兆ドルに近い。それを支えているのが簡単で広く普及しているQRコードです。
この結果、銀行は手数料収入の激減で打撃を受けています。加えてビッグデーターのの取得に支障が出て、融資事業にも影響がおよび、債務不履行が増えているのです。

一方インドでは、モディ首相が腐敗とテロに対抗するため500ルビーと1000ルビー紙幣を流通から引き上げることを宣言しました。それを受けて、大混乱が起きATMには長蛇の列ができたのです。それらの紙幣が、流通している現金の85%を占めていたからです。
このことが原因で携帯電話の契約台数が10億台にもかかわらず、モバイル・マネーを利用しているのは1%にも満たない状況となったのです。特殊事情とはいえ、考えさせられる問題です。

キャッシュレスは小規模決済から始まり大規模決済と向かいます。中国は小規模決済から大規模決済に波及する過程にあります。インドではこの過程を通過せず、大規模決済に、いきなり手を付けたための失敗でした。

この間の壁は分厚く、言い換えれば信用の壁ということになります。新しいテクノロジー(ブロックチェーンやスマートコントラクト)が成熟するまでは個人データー保護の壁が立ちはだかります。

先進国経済の5分の1くらいが非課税で公式な金融システムの外にあることを考えると、税負担は賃金生活者の肩に重くのしかかっているのです。テクノロジーが壁を打ち破るまではこの間のバーターはやむを得ないかもしれません。小規模決済のキャッシュレスから始まれば解決できる筋道かもしれません。

小規模決済のキャッシュレスから中規模の携帯電話振込サービスへと進んでいる例はむしろ発展途上国に多く見られる。ケニアの「エムペサ」が銀行に口座を持たない国民の決済手段として歓迎されたのは当然の成り行きでした。今では銀行ですらエムペサを取り扱わざるをえないところまで普及してしまったのです。

携帯電話の電話番号に紐付けられた口座から現金を預けたり引き出したりできるこのシステムはとてつもない成功を収めたのです。ケニアの人口の3分の2以上が利用し、何万もの代理店ができているのです。

エムペサの代理店の多くは普通の商店なのです。このような店がどうして顧客の信用チェックを行えるのか不思議に思うでしょう。エムペサの予想外だった影響の一つが、エムペサの取引履歴が従来の信用格付代わりに使われるようになったことです。これは銀行の貸付業務にとって驚異的なやりかたとなりました。貧乏な人でも真面目に取引をしていればおカネを借りられる仕組みを生み出したわけです。

日本の銀行が金余りの中で、貸付業務がうまく行かなくなっているのと比べると、学ぶべき点が多くあります。「貸さない銀行」など存在価値が全くありません。日本でコンビニ店が貸付業務まで行う姿を誰が想像できるでしょうか。

いきなり仮想通貨をブロックチェーンやスマートコントラクトから始めるのでなく、少額決済のキャッシュレスや地方通貨などから確実に固めていくべきではないでしょうか。「貸さないから与信情報が集まらない与信情報が集まらないから貸出業務が停滞する」と云う悪循環から抜け出すには、小規模キャッシュレスから再出発するしかないでしょう。

蛇足ながら、私はつい最近、デジタルデバイドの典型のような妻に「簡単スマホ」を買い与えました。「孫にでも手ほどきを受けスマートフォンに慣れておかないと、これからは生活できなくなるよ」と云って聞かせています。